どのような治療法なのでしょうか?
体外受精・胚移植(IVF-ET)や顕微授精(ICSI)、凍結融解胚移植などの不妊治療を、生殖補助医療技術(アート/ART; Assisted Reproductive Technology)といいます。
体外受精や顕微授精では、体の外に採り出した卵子と精子を体外で一緒にすることで受精を促し、 受精した卵(胚)を子宮内に戻して妊娠の成立を期待します。
1978年、イギリスで世界初の体外受精による赤ちゃんが誕生しました。この治療は、従来、子どもを得ることができなかった卵管通過障害の方や重症男性不妊症の方などにも妊娠への道をひらきました。
現在、日本国内では600近い施設でARTが行われており、その安全性や胎児の先天異常の発生率がとくに高くはならないことなどが証明されています。
治療を始める前に、ご夫婦そろって、詳しい説明をお受けになることをおすすめします。
月3~4回、ART治療説明会を行っています。ご参加ください(要予約)。
ARTはどのような方に行うのでしょうか?
すべての不妊症の方が最初から適応となるわけではありません。 体外受精と顕微授精は、卵子と精子に受精を促す授精法が違うため、その適応(受ける理由)も異なります。
体外受精・胚移植と適応
採卵した卵子を培養皿の中に入れ、1個の卵子に対して、洗浄濃縮処理をした複数の精子を振りかけることで受精を期待する方法を体外受精といいます。この方法は、次のような方に行います(適応)。
- 子宮卵管造影検査や腹腔鏡検査で、両側の卵管の通過障害を診断された方
- 卵管の卵子ピックアップ障害が疑われる方
- ご主人様の精子数が少なかったり、運動率が悪かったりし、人工授精(AIH)で妊娠することが難しいと診断された方
- 子宮内膜症の方
- 抗精子抗体陽性の方
- 原因不明の不妊症(機能性不妊)の方
顕微授精と適応
採卵した卵子1個に対して、顕微鏡下で選んだ動きと形の良い精子1個を針で細胞質内に注入することで、受精を期待する方法を顕微授精(ICSI)といいます。この方法は、次のような方に行います(適応)。
- 体外受精でも受精することができない高度男性不妊症の方
- 受精障害の可能性がある方(体外受精で受精できなった方)
ARTの流れは?
おおまかなART治療の流れをご説明します。
1. 排卵誘発
排卵誘発剤で複数の卵子を育てます。基本的には、採卵(体の外に卵子を採り出す)前に排卵が起こってしまわないように薬剤でホルモンの働きを抑制し、排卵誘発剤(内服薬や注射剤)で複数の卵胞の発育を促進します。
2. 採卵(OPU)
経腟超音波検査で卵巣を観察しながら、腟の方から採卵針で卵巣を穿刺して体外に卵子を取り出します。 当院では、麻酔専門医による全身麻酔の下、まったく痛みのない採卵を行っています(鎮痛剤のみの採卵も可能)。
採精
採卵当日に自宅ないしは院内で、ご主人様の精子をマスターベーションで採取していただきます。
3. 体外受精 or 顕微授精
体外に採り出した奥様の卵子に、ご主人様の精子を授精させます。 体外受精適応の方は、精子を卵子にふりかける方法(媒精)を行い、顕微授精適応の方は卵子に直接精子を注入する顕微授精法を行います。
4. 培養
得られた受精卵を体外で数日間培養します。
5. 評価
見た目形態や分割の様子を経時的に観察し、胚の質をグレード評価して、子宮への移植の可否、順番を決定します。
6. 胚凍結
新鮮胚移植(採卵した周期に移植すること)を行ったあとに残った胚(余剰胚)を凍結します(患者様の状態によっては、すべての胚を凍結する全胚凍結を行う場合もあります)。
7. 胚移植(ET)
採卵した周期に新鮮胚移植を行う場合と、凍結してあった胚を別の周期に融解させて移植する凍結融解胚移植を行う場合があります。
8. 黄体管理
黄体ホルモン剤を補充して、着床と妊娠継続を後押しします。
9. 妊娠判定
指定の日に来院していただき、血液検査と尿検査で着床したかどうかを判定します。
胚の戻し方と保存の方法は?
胚移植の数と多胎妊娠
子宮に1個の胚を戻したときの妊娠率は10%、2個では20%、3個では30%といったように、体外受精や顕微授精といったARTでは、 子宮に戻す胚(受精した卵子)の数が多いほど妊娠率が高くなります。
この治療が開始された初期の頃には、多くの胚を一度に子宮に戻すことで妊娠の確率を上げようとしていたため、 四つ子や五つ子といった極端な数の多胎妊娠となられた患者様がたくさんいました。多胎妊娠は流産や早産の危険性が高く、 妊婦さんや家族に大きな負担を与え、多胎妊娠は社会問題になりました。 そのため、現在、日本産科婦人科学会は、多胎妊娠を避けるため1周期に子宮内に戻すことができる胚の数を「原則として単一」とし、「35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する」と会告で定めています。
受精して残った胚は凍結保存しておくことで、 もしも妊娠に至らなかった場合でも、別の周期に凍結胚を融解して子宮に戻すことで、患者様への採卵の負担を軽減することができます。 排卵誘発剤を使って、一度にたくさんの卵を育てるのは以上のような理由からです。
なお、排卵誘発法には複数あるため、患者様の年齢や背景に合わせて誘発方法と採卵のスケジュールを組みます。くわしくは「採卵スケジュールと方法」をご覧ください。
受精卵(胚)の凍結
上記のように、体外受精治療において子宮に戻さなかった胚を凍結保存することで、種々の負担軽減が期待できます。 凍結保存する際は、体外受精治療あるいは顕微授精治療を行う前に患者様の同意を得ます。
体外受精治療での妊娠成立の有無は、移植後ほぼ2週間でわかりますので、妊娠がなければ翌月から子宮に凍結融解胚を戻します。 凍結融解胚を子宮に戻す時には、胚が子宮につきやすい環境にするために、ホルモン剤や排卵誘発剤で子宮の内膜の状態を整えます(調節周期)。凍結胚は移植前日に解凍し元の状態に戻しますが、 胚の質の低下が見られる場合には子宮への移植を中止する場合がありますのでご了承ください。
全胚凍結とは
採卵周期に新鮮胚を移植せず、得られた受精卵(胚)をすべて凍結保存することを全胚凍結といいます。次のような場合には、全胚凍結の適応となります。
なお、全胚凍結の決定に関しては、採卵時もしくは胚移植予定日に、医師からの説明があります。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
体外受精で多くの卵が採取された時にエストロゲンが過剰分泌されることにより、採卵後に卵巣が腫れたり腹水がたまったりして、腹部膨満感や口渇、体重増加などの症状が現れることがあります。これを卵巣過剰刺激症候群(OHSS)といいます。 症状が進行すると、多量の腹水・胸水貯留による呼吸困難感や尿量減少、 血液濃縮による肝機能障害や血栓症などを引き起こすことがあります。この状態は月経が来ると自然に改善されます。 しかしながら妊娠された場合、状態が悪化してしまうことがあり、 入院加療が必要となることもあります。このときも妊娠が経過するにつれて徐々に改善されますが、 軽快するには時間がかかり肉体的精神的負担が大きくなります。
このため当クリニックでは、あらかじめ採卵前に採血でエストロゲンの測定を行い、 超音波の所見や採卵数、年齢やご本人の自覚症状などを考慮し、卵巣過剰刺激症候群が起きるかどうかを予測して、 妊娠した時に卵巣過剰刺激症候群の重症化が懸念される場合には、胚移植を行わず、全胚凍結をおすすめすることがあります。
内膜が薄い方
また、採卵時に子宮内膜が十分厚くなっておらず、 胚移植を行っても妊娠の可能性が低いと考えられる時にも、全胚凍結をおすすめする場合があります。