がんの治療と卵巣機能の低下
卵巣は、抗がん剤や放射線などがん細胞にダメージを与える治療に対して、たいへん敏感な臓器です。ダメージを受け、機能が低下してしまう確率は、患者さんの年齢、抗がん剤の種類、抗がん剤の投与量に左右されると考えられていて、20%~100%の患者さんに影響が出るといわれています。
化学療法
ある種の化学療法薬は、卵巣に毒性を示します。化学療法に使われる薬剤は、卵胞内での卵子の成熟を阻害したり、前胞状卵胞といわれる卵巣の中の発育していない卵子を含む卵胞そのものを減少させたりするといわれおり、治療後に卵子が消失してしまう可能性があります。その影響は、不可逆的で、一度消失した卵子が回復することはありません。
放射線照射
放射線照射後に起こる永久的な早発閉経になるかどうかは、患者さんの年齢や照射量により変わりますが、卵巣に対して一定量の放射線が照射されると卵子が消失し、妊孕性を大きく損なう結果となります。
手術
婦人科がんでは、一定以上の進行期やがんの種類によっては子宮や卵巣そのものを摘出することが標準治療とされており、絶対的な不妊となります。
がん治療前の妊孕性の温存
がん治療の飛躍的進歩によって、がんを克服した患者さんの治療後の生活の質 (QOL=quality of life) にも目が向けられるようになってきています。
若い患者さんに対するがん治療は、その内容によっては卵巣の性腺機能不全を起こしたり、子宮・卵巣など生殖臓器を喪失したりするため、将来、子どもを持つことが困難になる場合があります。 その結果、患者さんは、がん治療後に長期にわたるQOLの低下に悩むことがあります。
しかし、最近では医療技術の進歩やデータの蓄積によって一定の制限がつきながら、がん治療後の妊孕性を温存するための治療法も多くみられるようになっています。子宮がんや卵巣がんに対する子宮や卵巣を温存する手術、放射線治療から卵巣を保護する手術、さらには生殖補助技術の進歩による卵子、受精卵の凍結保存などは広く普及されてきています。また、近年、卵巣組識の凍結保存も行われはじめています。
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がん生殖とは、このような治療です
卵巣剌激・採卵
自然に育つ卵子を採取する方法もありますが、がん治療等に取り組まれている患者さんが行う妊孕性温存のための採卵においては、確実に卵子を採取するため、排卵誘発剤を使って卵巣刺激を行い、いくつかの卵胞を育てて採卵にのぞみます。これにより、1回で複数個の卵子を採取することができます。成熟した卵子は、超音波画像で卵巣を確認しながら、膣(ちつ)の壁越しに卵巣の卵胞を針で穿刺(せんし)し、卵胞液ごと吸引・回収します。
卵子・胚の凍結保存
原疾患(がん等)の治療が完了し、妊娠を希望する時期まで、卵子(未受精卵子)や胚(受精卵)を凍結保存しておくことにより、妊孕性を温存することができます。原疾患(がん等)の治療で妊孕性温存を行うための期間的猶予がある未婚の女性患者さんは、未受精卵を凍結保存します。未受精卵の凍結保存技術が進歩し、半永久的に卵子の保存が可能となりました。
採卵により回収された卵子は、Vitrification法 (超急速ガラス化法)を用いて、凍結し、液体窒素中に保管されます。この方法で凍結した卵子の融解後の生存率は、80~90%と言われています。
融解後の顕微授精と胚移植
原疾患(がん)治療終了後、妊娠を希望された時期で凍結しておいた卵子を融解し、顕微授精を行い、 受精卵を培養します。その後胚移植することになります。
凍結卵子は、下記の条件により使用されます。
- 婚姻などの使用条件が整い(使用時の法的、倫理的条件にのっとって)、保管された未受精卵子を体外受精・胚移植に使用する場合には、体外受精・胚移植を行うことが原疾患に及ぼす影響を把提するため、あらためて原疾患主治医から文書による適切な情報提供がなされていることが条件となります。
- 患者さんが、凍結卵子を使用して児を得ることを希望していること。
- 凍結卵子の使用にあたっては、日本産科婦人科学会 「体外受精・胚移植」の会告が適用されます。
よく検討したいただくために
予想されるベネフィット
卵子を採取、凍結保存することにより、悪性腫場の治療により消失する妊孕性を温存し、将来、児を得られる可能性があります。
予想されるリスク
- 卵巣刺激により、まれに卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を発症することがあります。
- 採卵の際に、出血が起こる場合があります。
よって採卵に際しましては、下記の項目について検査し、規定値に当てはまらない場合は、原疾患(がん)の主治医に以下の処置を行っていただきます。- 血小板数 原則5万/µL以上の時期に採卵を行う。 5万/µL未満の時は、血小板輸血を施行し、5万以上/µLを保った後、採卵する。
- 白血球数
好中球数で1500/µLの時期に採卵を行う。
これに当てはまらない場合には、原疾患の主治医と協議の上で採卵の適否を決め、抗生剤等の術後支持療法を必ず行います。
ただし、上記基準を満たした場合でも、原疾患の主治医の判断により採卵を中止することがあります。
- 卵巣を穿刺しても、正常な卵子が採取されない場合があります。
- 凍結された卵子が、融解後に死滅、変性している場合があります。
- 凍結された卵子が、融解後に生存していても、その後の顕微授精、体外培養の過程で死滅、変性し、移植できない場合があります。
- 凍結した卵子から発育した胚を移植しても妊娠できない場合があります。
- 当院における凍結胚移植での妊娠率は、32.0~43.8%で限界があります。そのため、多くの卵子を保存する方が有利です。
- 排卵誘発剤投与から採卵まで2週間程の時間を要します。なお、原疾患(がん等)の主治医の判断により排卵誘発の途中でも、採卵を中止することがあります。
- 原疾患(がん等)の治療スケジュールと採卵スケジュールの調整が必要になることがあります。
- 特に原疾患(がん等)が女性ホルモン依存性であれば、原疾患の治療成績に影響を与えることがあります。
- 採卵スケジュールにより原疾患(がん等)の治療が遅延し、原疾患の治療成績に影響を与えることがあります。
- 原疾患(がん等)の治療後、自然に月経が開始し、凍結保存しておいた卵子を使用しない場合があります。
- 原疾患(がん等)の治療が成功せず、凍結保存しておいた卵子を使用しない場合があります。
妊娠の可能性と安全性
悪性腫場等の患者さんが、このような方法を用いて妊娠・出産に至ったデータの公表は多くはありません。原疾患(がん等)の治療後、健康を回復された方は、多数いらっしゃいます。ところが、現在までがん治療前に卵子を採取・凍結保存した患者さんの数は、まだ少ないのです。また、卵子凍結開始からまだ月日が浅いため、その後結婚され、児を得ることを目的として卵子を使用されるまでには至っていないということもあるでしょう。それでも、2016年までに約90人の赤ちゃんの出生が報告されています。
一般不妊患者さんにおける凍結未受精卵子の生存率は約80~90%、受精率は約70%、胚移植後の妊娠率は約25~35%です。
●NHKの「クローズアップ現代+」に当クリニックで妊娠・出産された患者様と院長詠田が出演いたしました。
よろしければ下記特集ダイジェストをご覧ください。
>>「がんを乗り越え、命を授かる ~若い世代のがんと生殖医療最前線~」
費用
凍結保存に要する費用は、下記の表のとおりです(税込)。
排卵誘発~卵子採取に要する費用は、当院で規定する私費診療報酬をお支払いください。
卵子凍結保存 | 胚凍結保存 | |
---|---|---|
術前検査 | 約33,000円 | 約33,000円 |
排卵誘発 (ホルモン検査含む) |
11,000~55,000円 | 11,000~55,000円 |
採卵料 (麻酔料含む) |
132,000円 | 132,000円 |
精子調整料 | ― | 33,000円 |
胚培養料 | ― | 99,000円 |
顕微授精料 | ― | 88,000円 |
胚凍結保存料(1年) | 77,000円 | 77,000円 |
合計 | 約253,000~297,000円 | 約473,000~517,000円 |
胚凍結延長料(1年) | 44,000円 | 44,000円 |